東村山で新整体・リセット療法「からだ快福院」のブログ。
ただいまお腹に赤ちゃんがいます。

そんな状態で5か月が経ちました。

仕事できるのかな・・・・・という思いも過りましたが、なんなく今日まで来ました。

この療法を自ら受ける側でもある、私ですが、なんと驚き!つわりが一切なかったのです!

つわりがない人ってなんとなく耳にしたことがありましたが、まさか自分が!とは思いませんでした。

妊婦になったら、イコール「つわり」なのかと思いきや、

実は血がドロドロだとつわりになるそうです。

私は、10代のころからの自立神経失調症などで、薬を服用して10年経っていました。

そんな自分の体の血が、ドロドロしてないはずが無い!と思ったのですが

この3年近くで、体の中が変わっていたようです。

症状も治まっていたし、薬もだいぶ少なくなってました。

そして、回復法のお陰で、このつわりの無い楽〜な妊婦生活が迎えられたようです。


このまま、いつまで施術ができるかな〜。。。。。。

楽しみです。

妊婦さんの施術ができたら楽しいなと思います。

まぁ、体の変化はすごいですね。

姿勢で辛いことやきついことが出ていました。

いい経験させていただいてます!!
昨日、紹介してもらった動画を ご紹介します。

彼の映像や活動を見て、自分も経験や今こうして元気に生きてるいること、

学んできた数々のことを伝えていきたいな〜と思いました。

チャレンジすることの楽しさ、壁を超えた時に見える世界・・・・たまんないです!


熱くも暑い日曜の昼下がりから こんにちは

世界に恩送り隊 の吉野友深です。



面白いメールが届いたので、ご紹介します。



今日は、生れて、何日目???


そんな事を知ってみるのも、これからの目標計画や日頃の感謝や一瞬一瞬を感じることへの

きっかけになるな〜と思いました。


面白いですよ。

私は、たった20秒ほどで、さっきとは違う視点で今を感じることができました。



では、今日という日を楽しんでください!!!!(^◇^)


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【日齢】

年齢はすぐわかるね。

でも、生存日数と聞かれたら、答えられる人は少ない。

「何日生きてきたんだろう・・・」
携帯の人は、「今日は何日目」というサイト
http://www.nannichime.net/

PCでは、「日齢計算」というサイト
http://hp.vector.co.jp/authors/VA014370/jscript/datecalc/dcalc.htm

に、自分の誕生日を入力することでわかります。


1年は、 365日
10年は、3650日
20年は、7300日・・・・

1万日目は、約27歳
2万日目は、約54歳
3万日目は、約82歳

人間の一生って、だいたい3万日なんだね。



この3万日、どう使うかで、その人の一生が決まってくるのだ。

たった3万日しか生きられない中で、出会う人たち、経験すること、途轍もなく貴重なことだね。
だからこそ、ひとつひとつ本気で対処しておかないと、出会ってくれた人やコトに大変失礼なのだ。
そして、本気で対処しないと、得るものも半減してしまう。

「人生は短い、たった3万日しか楽しめないのだ」

この事実を胸に、今日出会う人たちに、今日経験するコト全てに、熱いコトバ、熱い行動、熱い思いやりを投げかけて、人生最高の一日を生き切ることにしよう。

前回書いた、膝の痛みがなくなり正坐ができた女性が

またもや嬉しいことに!!


ふすまを開けたりするとき、ドアを開けるときに腕が痛いとのことで

今日も来院されました。

腕ってなかなか痛みが取れない人もいらして、、、、と思っていたら

なんと今日で痛みが取れて、私も驚きました。


嬉しいですね〜


昨日、夜寝る時に考えたそうです。

「手で痛みをとるなんて・・・勉強なさっているんだろうな〜て考えたんですよ」

と話てくださいました。



勉強するのは楽しいです。

ふすまを開ける時には腕ってこんな風に動くな〜とか

肩甲骨はこうやって動くのが正しいから、動いてないと痛みが伴うだろうな〜とか。


でも、一人で勉強しても、なにも成長はしないのですよね。

やはり、みなさんに「こうやったらどうか?」て聞いて、痛みが取れて

初めて、私も本当に学ぶことができます。

だから、勉強させていただいてるって思います。



今日で2回目の 80歳の女性のお話。

正座ができないんです。って言って私に見せてくださりました。

が!なんと!できたんです!!!

びっくりしました。ご本人も顔を手で覆って「できなかったのに・・・・・」と

喜んでくださいました。

日曜日には20分ほど正坐をしてないといけない、
総会に着物で出席し、歌を歌われるそうです。

ずっと日曜のことが気がかりだったんですと話してくださいました。

本当にうれしい出来事でした。

お話を伺っているうちに、正坐で5分が経過してました。

ヽ(^o^)丿やったね


岡山の国道4路線(延べ260キロ)の中央分離帯に、年間135トンのゴミが捨てられて、
そのゴミの処理費用が年間2000万円掛かかるそうです。。

そこで、岡山県が決めたのは木を切ってコンクリートで固めること。
それを知ったひとりの女の子が動いた。
知事に手紙を書いた、その内容をご紹介。


******************
ちじさんへ

わたしは一年生のときからごみをひらっています

せかい中にみどりをふやすために

しょくりんのためのぼ金もあつめています

雨がふらないと水がなくなって

水をうばいあうせんそうがおきるときいたからです
わたしはこわくなって
わたしはじぶんにできることをやろうとおもいました
だからわたしはごみをひらったりしています

さんようしんぶんで中おうぶんりたいの木をぬいて

コンクリートでかためるきじをよみました

わたしはもっとごみをひらいます

おとうさんにもおかあさんにも

てつだってもらいます

だから木をぬかないでください

わたしはわたしのみらいにみどりがほしいです

わたしがおばあさんになっても

みどりがいっぱいの

せんそうがないせかいにしたいです

知じさんもごみをすてる人がいなくなるようきょう力してください

木をきる人に言ってください

わたしももっとがんばります

おねがいします

石原はるか8さい

**************************


私に出来ること、、、、ポイ捨てをなくすための提案をさせていただきました。
この子の気持ち、行動を大切にしたいです!
私も、ここでゴミ拾ってます。
元気もらった手紙でした!!!

私もがんばろうっと!
宮城にいる方から今日、電話をいただきました。

私が以前、「宮城の人で誰か回復法を一緒にやってくれる人!いませんか?」

ってブログ書いたのを読んでくださった人でした。

こんな人がいるよって、わざわざ電話をくださいました。

感動しました。その行為とお気持ちと、本当に感謝感激です。

いろいろな方に支えられていることを

今日の一本の熱い電話で教えていただきました。

本当にうれしかったです。
「一本のほうきが生んだ世界の奇跡」


三重苦という障害をもちながら、アニーサリバンという最高の教師の力を得て成長し、世界中の福祉に貢献した誰もが知る偉人です。

彼女の力が、どれほど世界中に莫大な力をおよぼしたか、どれほど多くの人々を救ったか今更語るまでもないでしょう。

「なぁーんだ、よくある偉人のおはなし?」

いえいえこれは、ニューイングランドにある精神病院で働く、名も知れぬ、普通のお掃除のおばさんのお話です。

彼女のはたらく病院の地下室には、「緊張型精神分裂病」と診断された10歳の少女の患者がいました。

何に対しても反応を示さず、ただ暗い地下室のベッドにうずくまっているだけ。
少女はもう回復の見込みはないと、考えられていました。

世界から見放され、一言も話す事なく、胎児のように丸まったまま、決して動こうとはしなかったのです。
以前は可愛らしい少女だったのですが、いまや日々、やせ衰えていくばかり。

彼女は、そんな少女の個室のまわりを、毎日掃除をしにやってきました。そして、ドアの隙間から食事をホウキの柄で中に押し込みます。

彼女にも同じくらいの歳の娘がいたせいか、少女を不憫に想いますが、そこはただの掃除婦、もちろん何もしてあげる事はできません。

そこで彼女は、せめてそこを去る前に、うずくまる少女の肩をホウキの先でそっとつつくことにしました。
「ねぇ、あなたは一人ではないんだよ。少なくとも、ここにあなたを気にかけている人間がいるんだよ」

という思いを伝えたかったのです。。

掃除のおばさんには、この程度のことしかできませんでした。ほんの小さな愛の実践です。ホウキの先ほどの。。。。

でもその程度しかできなくても、ただただ、伝えたかったのです。だから来る日も来る日も、彼女はホウキの先で、その少女を優しくつつき続けました。

そして何週間経ったある日の事。。。小さな変化が起こりました。

ただ死を待つばかりだった少女が、なんと、自分の手で食事を受け取るようになったのです。

さらに時が経つにつれ、少女は座る事もできるようになり、掃除婦のおばさんと話をすることまでできるようになったのです。

こんな事ってありえるのでしょうか?偉いお医者さんたちも、完全にお手上げだったのに。。

こうして少女は、やがて奇跡ともいえる回復を遂げることができたのです。

それから何年か経った、あるうららかな春の日。。。
その精神病院の院長は、アラバマ州の一人の紳士から、ある依頼を受けました。
その紳士のお子さんが、重度の障害児で、世話をしてくれる人を探しているというのです。

その頃、あの奇跡的な回復をとげた少女は20歳になっていました。

院長は、自信を持ってその彼女を、紳士に紹介しました。

彼女の名は、アニーサリバン。

そう、ヘレンケラーの偉業を生み出した教師です。

地下室でただ死を待つしかなかったあの少女です。。
ヘレンケラーの世界的偉業、それはアニーサリバンが、創りだしたという事は今や万人が認めるところです。

でも、ちょっと思い出してみてください。

そのアニーサリバンを創りだしたのは、誰なのでしょう?

ヘレンケラーとサリバンの業績だけを見ていると、見落としてしまいがちですが。

しかし、その奇跡の「真の生みの親は」は誰だったのでしょうか?

どんな大木も、どんな大企業も、どんな大成功も、もとを辿れば、すべて小さな種から始まっていることを忘れたくないなと、私は思います。


考えてみます。

でもね・・・・・、その「考えてみる」ってことが答えなのかもしれない。

ひとはいつだって考えてみものだから・・・・。

ユーチューブより 日本中のお父さん・お母さんに、愛をこめて


一緒に回復整体を通して、人のお役に立つ仕事しませんか?

ただいま宮城県の人を大募集です!

なぜかっていうと、東村山からだ快福院に通われて元気になった男性が

お母様が住む宮城に同じ回復整体が無いか?って
私が通っていた静岡にある、日本回復整体総合学院に電話がきたそうです。

でも、宮城に回復整体の先生がいなくて、、、、、

誰かにお願いしたい。

これを読んでいる方で、宮城につながりがあって

思いつく人がいたら、ぜひぜひ回復整体を紹介してほしいです。

救ってほしい人がいます。

私もできることをします!

だから、手を貸してください。

仲間になってくださる人をさがしています!




〜:*:〜*:*「無力と微力の二人の天使」*:*〜:*:〜

その街に二人の天使が舞い降りた。

その街に降りてから天使は十月十日眠り続けた。

目を覚ますと、天使は自分が天使であることを忘れていた。

天使が舞い降りたその街はゴミだらけの街だった。

あまりにものゴミの多さや、人の心に天使は悲しくなった。

一人の天使は自分を無力と呼び始めた。
一人の天使は自分を微力と呼び始めた。

無力の天使の口癖は
「私だけがゴミを拾ってもしょうがない」
微力の天使の口癖は
「私は私が出来ることをやってみるわ」

無力の天使はゴミだらけの街を見て絶望を感じて
街から目をそらして、毎日空をながめていた。

微力の天使は一度は絶望を感じたものの
一日一個、ゴミを拾い始めた。

一年後、無力の天使は空の素晴らしさをいっぱい知った。
朝日の美しさ、夕日の美しさ、虹がかかった時の素晴らしさ。

一年後、微力の天使は微笑んだ。
街から365個のゴミが無くなった。

===========================

それから一年、さらに無力の天使は空の素晴らしさをいっぱい知った。
空や雲の変化を面白いなと見つめていた。

その頃、微力の天使は毎日「ありがとう」って言いながら毎日を過ごしていた。
それは、微力の仲間がいっぱい増えたから。
「一緒に拾うよ、私の力も微力だけど、一緒にゴミを拾うよ」
10人の微力達が一緒に拾った。
一年たったら3650個のゴミが無くなった。

それから、一年、無力の天使は空の美しさだけでなく、
街の美しさにも気づき始めた。

街がピカピカになっていた。
なんと、街では1000人がゴミを拾っていて、
一年間で365000個のゴミが無くなって
大変の意味が変わっていたのです。

微力の天使は言いました。
「始めはゴミを拾うのは大変でした。」
「でも、今は拾うゴミを見つけるのが大変です。」

この街はある日から、ゴミを拾う人も増えたけど、
ゴミを捨てない人も増えたのです。

あの人が拾っているゴミは私が捨てたゴミ。
私はゴミを拾うことは出来ないけれど、
ゴミを捨てるのをやめよう。

微力の天使は誰も否定をしませんでした。
微力の天使は自分が出来ることをやっただけなのです。

無力の天使の心に変化が生まれました。
無力の天使の心から絶望が消えていったのです。
そして、無力の天使も「ありがとう」を言いました。

ゴミを拾ってくれてありがとう。
お礼に無力の天使は微力の天使に空の美しさを教えてあげました。

次の日、二人の天使はゴミを拾いました。
正式には、ゴミを探すために歩きました。
しかし、ゴミは見つかりませんでした。
夕方になると、空がピンク色になりました。
素敵な空を見ながら、二人の天使は幸せを感じました。

ぴかぴかの街と、美しい空を見ながら
二人の天使は二つのことを学びました。

自分を無力という天使は言いました。
「あなたが動いてくれたから、この街は天国になったんだ
 天国は動いたら創れるんだね」

自分を微力という天使も言いました。
「私は下ばかり見ていたから空の美しさを知らなかった。
 でもあなたが空の美しさを教えてくれたから気づけたことがあるよ。
 それはすでにここは天国だということ」

今はすでに天国
そして、動けばさらに天国が増える。

二人の天使は少しだけ
自分の背中に翼があることに気づけました。

あなたは天使だよ。
あなたこそ天使だよ。

みんな天使だね。

この言葉を読んでいるあなたも天使。
そう、みんな天使。

〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜

この詩をいずれ絵本にして子供たちに届けようというプロジェクトが進んですそうです。

小学校のころに「歩き方がおかしよ」と学校の先生に言われたそうです。

そこから、いろいろあり今は人工股関節で歩いている少女。

彼女のおばあちゃんが、ここに来ていて、紹介で来ることになりました。

とても可愛いらしい子で、長い髪が似合っています。

歩くと、体が大きく上下に動いていたのですが、

骨盤の動きを歩くときに、正常に動くようにしたら、

その上下の動きがほとんどなくなりました。

嬉しくて、彼女も驚いてて、私はベットに歓声とともにひっくりかえりました。

変化を記録したらいいのではないかと?彼女の携帯の動画に収めてもらってます。
(きっと歓声とひっくり返ってる様子が残ってるかな・・・・?)

おばあちゃんが心配しているだろうから、

見せてあげてほしかった。

これから、結婚・出産・育児・など環境が変わっていく女性。

私は絶対に今、少しでも余裕のある今、お手伝いしたいと思います。

この出会い、大切にして、彼女の今だけでなく、何十年後も見通して

やって行こうと思ってます。
今日は私が卒業した、日本回復整体総合学院の副学院長!

小森やよい先生のブログをご紹介!!

「40歳から進化したいあなたへ」

日々のことや思い出など・・・なんだろう、

私は読むと自分を見つめなおすきっかけになる。

等身大の自分を思い出したり、気張らず驕らずな自分は?と向き直せる。

やよい副学院長は、はきはきと、明るく、言葉ひとつひとつが丁寧ではっきりしてて

私は「挨拶」というものを、教えていただいたと思ってます。

いつも人の目を見て。人の心を思って。真心からの言葉を。

そして、いつだって会うと、ひとつ褒めてくださる。

私が、この2年間で成長でき続けたのは、この褒められた言葉が

いつだって励みになり、気付かなかった自分を発見できたから。

あああ〜早く会いたくなってきたヽ(^o^)丿

写真のポーズ、意味があるんだって。

おもしろいな〜。

月曜日の朝

一本の電話から始まった幸せのリレー

「ともみせんせぇ〜?」 おじちゃんの声・・・誰だ?聞いたことが・・・・・???

なんと九州にいっらしゃる木内先生!

かっこいいおじちゃんなんだ。勉強した時期が少し重なって、同期みたいなもん?

「あんな〜頼みたい人がおるんよ〜」と、

話を聞くと、こちらに20日ほど娘さんのところに滞在される方、

夜中に肩がうずく!とのこと。滞在中になにかあれば!とここを紹介したあるそうな。

「まかして!おっちゃん!!」という感謝の気持ちと

九州からの来られている方との、この奇跡的な出会いにワクワクしました。

今日で二回目でしたが、一度目で肘をついて起き上がれるようになって

良かった!びっくり!!嬉しい!!

今日は違和感はあるようですが痛みが無く腕をあげられて、再びビックリ!

良かったです!!

木内先生の話をしたりして「ピースするんよ」って聞いて「少年ですね〜」って笑ったり。

最高でした。いいお土産をお渡しできたのではないかと、嬉しいです。

九州の木内先生には、私の方での施術経過と結果、内容をこれからメールを送りたいと思います。

いい報告ができること、すごく嬉しいです。

この嬉しさをくれた木内先生に感謝感謝!おっちゃん!やったで!!



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